庭野のお薬師さま

庭野のお薬師様 薬師如来坐像

庭野大脇の薬師如来坐像 (国指定重要文化財) この薬師如来坐像は、平安時代に繁栄した寺院 紫雲山大脇寺のご本尊となります。昭和17年(1942年)に大脇寺が廃寺となったため、林光寺の所蔵となる。現在は、新城市教育委員会と地域の方々が管理者となっております。火災や盗難防止のために収蔵庫に収めており、普段は参拝することができません。毎年4月の第一日曜日に、御開帳となり、全国より多くの方々が参拝に訪れます。


龍岳院本堂内(位牌堂、開山堂)客殿、日本庭園

愛知県新城市 薬師如来坐像 国指定重要文化財

薬師如来をご本尊とした紫雲山大脇寺関連の記録は非常に少ないが古文書には大きな伽藍が揃って立ち並んでいたと思われる記録がる(庭野紫雲山大脇寺坊中7カ寺)江戸時代には武田信玄軍の落ち武者狩りの為、徳川軍もしくは武田軍により火をつけられ、本尊だけが火災を逃れ現在に至っているとされる。

この薬師如来坐像は、平安時代の末期、嘉応3年(1171年)仏師頼与の作である。座高は1m30cm、アスナロ材の一木作りで、像の作りは平安時代後期の像に共通した前後の厚みが薄い姿で、衣の線も穏やかな浅い切り口となる。昔から「庭野のお薬師さま」と親しまれ、病気に悩む人々から信仰されてきた如来坐像。とくに、眼病にその効果があると信じられていて「め」という文字を年齢の数を書き眼病の治療を祈願する風習があり現在でも、毎年の御開帳の際には全国から多くの人々(信者)が集まるのです。(龍岳院が兼務しております)

「おんころころせんだりまとうぎそわか」とお薬師様にお祈りします。野田城(愛知県新城市)に武田信玄が攻めてきた時、お寺も焼き払われました。その戦火の中、地元民がこのお薬師様だけ、なんとか隠し、守りきったと伝えられまず。約850年前に造られた像は保存状態もよくまた万病、とくに眼病に悩む方々からの信仰が厚く、毎年多くの方が参拝、ご祈祷に来られます。


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